愛犬・菜々の身体は、やはり不治の病に蝕まれていた。
下顎の腫れは、炎症ではなくハッキリと腫瘍だった。
正直、それはわかっていた。
絶望したくないがために、歯肉炎の悪化したものでは…などと現実逃避していたのだ。
今、菜々は腎臓の数値が悪いのと、顎が痛んで食事が出来ないため、毎日病院で点滴による栄養摂取を続けている。
ゴンチと交代で仕事を何時間か休み、朝にどちらかが病院に連れていき、もう片方が夕方に迎えに行く日々が続いている。
そんな中、先日ぷあくんが丸1日休みを取って、菜々を病院に送り迎えをした日のことである。
朝、助手席でグッタリする菜々…
菜々を引き渡して、今朝の様子を伝えた後、獣医師からの説明の中に紛れ込んだ「今は口の腫瘍の進行が抑えられているから…」という言葉に、硬直した。
「口の腫れは、歯肉炎ではないのですか?」
藁をもすがる気持ちで問いかけると…
「明らかな腫瘍です」
と、言い切った。
獣医師の表情から、深刻な病状であることはすぐにわかった。
「あと、どれくらい…」
震える声で聞くと…
「なんとも言えない」
と、再び言い切った。
その上で…
「すぐにどうこうはないけど、厳しい」
「今は下降線の角度を、どれだけ緩く出来るか…の処置をしている」
…と、付け加えた。
こちらの考えることなどお見通しだった。
甘く、ぬるいダメ飼い主の現実逃避は、短い言葉で切り捨てられた。
そこには、数多くの動物の最後と向き合ってきた、プロフェッショナルの哲学を垣間見た気がした。
病院を後にしたぷあくんは、ひとり車の中で、夏のぬるい雨に打たれるフロントガラスを眺めていた。
「あとどれくらい…」
未練がましく菜々の残された命のことを考える、どこまでもダメな飼い主は、ひとりでいつまでも涙を拭っていた。
夕方、菜々を迎えに再び病院を訪れると、菜々は点滴を終えてレーザー治療を受けていた。
がんばれ…菜々
朝と変わらぬグッタリした菜々を引き取り車に戻ると、菜々の頭を撫でながら「今日も、お疲れさま…」と、一日の頑張りをねぎらった。
しょぼんとしていた…
その夜、夕食をとりながらゴンチに一部始終を話した。
ゴンチは腫瘍のことは随分前から知っていたようで、その上で、残された命の長さなど考える必要はない…と言った。
今は、生きようとする菜々の命を支えるために、出来ることを全力でするだけだ…と。
正しい…
こんな時、男はダメだ。
女性のほうが前向きで、強い。
毎日の通院で疲れきって眠る菜々を、二人でいつまでも眺めていた。
今日も1日、ありがとう
余命とは、為すべきことをし尽くした後に判る「結果」である。
愛犬が、今まさに生きようとしているならば、その終わりのことなど考える必要はないのだ。